京都駅前セミナー

〜非線形現象の数理を考える〜

 

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◎第57回

日時: 平成26年 1月21日(火) 13時00分〜17時15分
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

大坂元久 (日本獣医生命科学大学)

時間

13:00〜14:30

題目

心臓突然死の機序の数理解析から臨床応用へ

概要

 心臓突然死は本邦で年間約5万人が該当するといわれる。心臓突然死が偶然に記録された24時間携帯型心電図20症例をみると最終局面は心室細動か完全房室ブロックによる心停止であった。 もともと急性心筋梗塞を起こしやすい下地があってしかも危険な不整脈を起こしやすい心筋部位があるところに、交感神経活動または副交感神経活動が120分の狭小変動、30分の急激な減少、40分の急激な上昇という一連のV字型変動を起こすと高率に突然死が起こることが対象症例191例と比較検討して分かった。それでは自律神経活動のV字型変動はいつ起こるのか。心拍—血圧—交感神経活動の数理モデルから圧受容体反射が減弱している状態では長時間観察すると必ず交感神経活動のV字型変動が見られ、しかもこの数理モデルが数学的な意味でカオスを生成することからそれは偶然に起こることが分かった。 致死性不整脈である心室細動や頻拍の発生・持続にスパイラル波のリエントリーが重要な役割を果たしている。心筋においては膜電位の構成にはCa2+イオンの寄与が重要で、筆者は遅い変数としてはCa2+イオンの電流を候補として新たな数理モデルを提案したい。心臓突然死を予防するための社会貢献的試みとしてトヨタ、デンソーとの共同研究により運転中にハンドルから心電図•脈波を記録するシステムを考案した。これらの情報を統合して不整脈の出現、血圧変動の推定から危険性を判定する方法を考案し、市販車プリウスに組み込んで実車を完成させた。

 

講演2

二又裕之 (静岡大学大学院工学研究科化学バイオ工学専攻)

時間

15:00〜16:00

題目

微生物生態系の持つ原理とはナニかな ー複雑系における役割分担と調和ー

概要

多種多様な微生物で構成される微生物生態系は、炭素源や窒素源などの生育因子の種類と濃度あるいはpHや酸化還元電位といった環境条件によって変動する。更には、化学物質を介した微生物同士の相互作用によっても大きく影響を受けることが知られてきた。これらの条件下では、個々の微生物の生理状態は常に一定とは限らない。おそらくこの変動こそが、内外の環境変化に自らを上手く調和させているように見える微生物生態系の挙動特性(自己組織化あるいは動的平衡機構)の成立機構だろう、と考えられる。本セミナーでは、微生物あるいは微生物生態系について簡単に説明しつつ、上述した微生物生態系の動的な解析事例を話題として提供し、微生物や生態系の挙動が数理科学の視点からはどのように見えるのか、さらには新しい切り口に関して討議したい。

 

 

講演2

春田伸 (首都大学東京大学院理工学研究科生命科学専攻)

時間

16:15〜17:15

題目

微生物エコシステムの形成と多様性維持の機構

概要

微生物は、産業利用されているだけでなく、ヒトの健康や地球生態系の維持にも重要な働きを担っている。微生物は、一種類が単独で存在することはなく、多種が共存しミクロな生態系(エコシステム)を形成している。多くの微生物エコシステムは数万種以上が混在すると言われる高度に複雑な系であり、一定の住処を共有する微生物たちには、それぞれの数や活性、および、相互の配置、を決定している種間相互作用が働いていると考えられている。

本発表では、微生物エコシステム全体を包括的に捉えようとした研究事例と、3〜4種で構築した単純なシステムを還元的に解析した研究事例をいくつか紹介する。これらの研究から、多様性の維持による攪乱への抵抗性、種間の抑制的相互作用によるシステムの維持など、微生物エコシステムがどのように形成され、維持されているのか、について知見が集積しつつある。また、数理解析を利用した生態理論の確立や安定なシステムの特徴づけについても議論したいと考えている。

 

 

◎第56回

日時: 平成25年 12月6日(金) 14時00分〜17時30分
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

鳴海孝之  (関西学院大学)

時間

14:00〜15:30

題目

液晶電気対流系の非平衡ゆらぎ ー記憶関数による解析ー

概要

液晶系に電圧を印加すると対流状態が観測され,液晶電気対流と呼ばれる.熱対流現象に比べて実験制御が容易であることに加えて,液晶の持つ異方性に起因して様々な興味深い状態が現れることから,活発に研究が進められている.ソフトモード乱流はそんな液晶電気対流系で見られる状態の1つであり,特徴的な空間不均一構造をもつこともあり,格好の非線形非平衡物理系として研究されてきた.我々は,時空間特性を明らかにするため,モード相関関数を実験により測定した.すると,短時間領域と長時間領域で異なる関数形の緩和を観測した.これは二重構造と呼ばれて理論的に予測されていたもので,実験により観測することに初めて成功したものである.この特徴的な緩和構造を理解するため,射影演算子法を用いることでモード相関関数に関する発展方程式を導出した.その発展方程式には記憶関数が含まれており,モード相関関数の実験値から記憶関数を数値的に得た.記憶関数は階層構造に起因する非平衡ゆらぎについての情報を保持しており,記憶関数の解析からソフトモード乱流についての様々な非線形特性を明らかにした.発表では,射影演算子法の一般論とあわせて上記研究内容を詳しく説明する.

 

講演2

三竹大寿 (広島大学, サステナブル・ディベロップメント実践研究セン ター)

時間

16:00〜17:30

題目

Hamilton-Jacobi方程式の解の長時間挙動ー非線形随伴法を用いた解析ー

概要

 本講演では,Hamilton-Jacobi (HJ)方程式の初期値問題をn次元トーラス上で考察する.特に,一般に退化しうる線形拡散項を持ったHJ方程式(退化粘性HJ方程式)の解の長時間後の漸近挙動(長時間挙動)についての話をする.

近年,(一階)HJ 方程式,粘性 HJ 方程式の解の長時間挙動はそれぞれ盛んに研究されてきた.これらの解は,時間が十分経った時に進行波解に一様収束することが分かっている.この2つの問題の解の長時間挙動の結果は,上の意味で同じながら,その収束を示すための方法は全く異なるものであった.これは,それぞれ対応する定常問題の解の一意性に関する決定的な違いのためである

最近,サセックス大学のF. Cagnetti氏,アブデュラ王立工科大学のD. A. Gomes氏,シカゴ大学のH. V. Tran氏との共同研究において,L. C. Evans氏が2010年に導入した非線形随伴法を利用して,これら2つの問題に対し統一的に研究する方法論を確立した.その結果,今まで未解決であった退化粘性 HJ 方程式の解の長時間挙動について解明することに成功した.本講演では,この結果について, 簡単な場合に限り詳しく紹介したい.

 

◎第55回

日時: 平成25年 11月1日(金) 15時00分〜18時30分
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

川崎廣吉  (同志社大学 文化情報学部)

時間

15:00〜16:30

題目

侵入生物の空間伝播について

概要

近年,害虫の侵入による農作物への被害や外来種の侵入による在来種の絶滅など,侵入生物による既存の生態系の崩壊や生物多様性の減少への関心が高まっている.本講演ではこのような侵入生物の分布域拡大に関していくかの数理モデルを紹介し,その数理的な解析の結果について解説する.特に侵入生物の分布拡大の速度に注目して,拡大速度がパラメータにどのように依存するかを明らかにする.初めに生物の侵入と伝播の例を紹介し,それらの現象を記述する数理モデル,主に放物型の偏微分方程式で記述される反応拡散方程式や積分差分方程式によるモデルなどを解説する.空間1次元で一様な環境条件下での結果のみならず,非一様な環境条件や空間2次元での侵入条件や拡大速度の結果を示す.また,生物個体が良い環境へと集まる走性の効果や逆に過密による環境悪化を避けるための個体群圧力の効果を取り入れたモデルの最近の成果を紹介する.

 

講演2

西慧 (北海道大学 電子科学研究所)

時間

17:00〜18:30

題目

円環水路上の樟脳ろ紙集団の運動の分岐解析

概要

 自走粒子系の一つに樟脳を用いた実験系がある. 樟脳には水面の表面張力を下げるという性質があるため. 樟脳粒 (あるいはそれを取り付けた船) を水に浮かべると表面張力差が駆動力となり自発的に動き回る様子が観察される. 駆動のメカニズムはシンプルでありながら, 粒の形状や取り付ける位置などに応じて非自明な運動をし, また実験も比較的簡単に行えるため, 自走粒子の運動を調べる上で有用な系としてこれまで様々な状況設定で実験が行われている. 井倉らは、円環状の水路に樟脳を染み込ませたろ紙を複数個浮かべ, 樟脳ろ紙集団がみせる玉突き運動や渋滞現象について報告している [Y. Ikura, et al., PRE 88 (2013)]. 我々の目標はこのような円環上での自走粒子集団の運動メカニズムを数理的に考察, 解明することにあるが, 今回はその足がかりとして, 最も単純な樟脳ろ紙が2つの場合について考える. 実験では樟脳ろ紙が等間隔で進行したり, あるいは衝突と反射を繰り返す様子が見られるが, これらのふるまいはろ紙の運動と樟脳分子の水面上での拡散からなる数理モデルでも定性的に再現される. 本講演ではこのモデル方程式を出発点に, そこに現れる定常解, 進行解の構成および安定性解析, さらには常微分方程式への縮約を行うことでその解構造を分岐理論の観点から明らかにする. 本講演は, 若井健氏(金沢大), 小林康明氏(北大), 長山雅晴氏(北大)との共同研究に基づく.

                                            

 

◎第54回

日時: 平成25年 10月11日(金) 14時30分〜18時00分
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

上地理沙 (京都大学大学院 情報学研究科 知能情報学専攻)

時間

14:30〜16:00

題目

生命現象における保存則とその解析

概要

生命現象、生態系や社会・経済に現れるシステムは非線形現象であり主に散逸系の現象として考えられている. しかし, そのような非線形現象であっても, 保存則・保存量を持つシステムの例としてLotka-Volterra型の競合現象が知られている. 生命や生態系のシステムに秩序や保存則は存在するのかという問いについて, 古典力学の観点からNoetherの定理を用い, 生態系システムを対象として解析を試みた. Noetherの定理から, Lotka-Volterra型の競合システムが安定な保存則を持つ場合には, 偶数個の変数, すなわち2n次元の対称的な連立常微分方程式でシステムが記述され, また非線形係数はNoetherの保存則により制限を受けることが分かった. 保存則を持つ2n連立常微分方程式を2n-NDシステムとして提唱し, 古典的なオオヤマネコとウサギの個体変動周期現象を対象にして解析を行った. そして, 生態系・生命現象における競合現象では, システムの安定な周期現象の背後には保存則が存在する可能性を示した.

 

講演2

水藤寛  (岡山大学大学院 環境生命学研究科, JST-CREST)

時間

16:30〜18:00

題目

胸部大動脈の形状と渦構造との関係

概要

 胸部大動脈の形状には個人差が大きく, それによってもたらされる血流の様相にも特徴がある. 動脈硬化や大動脈瘤の形成に影響があるとされる壁面剪断応力の分布を指標とし, 大動脈形状〜渦構造〜壁面剪断応力の関連について調べるために行った数値シミュレーションについて報告する.

 

◎第53回

日時: 平成25年 7月26日(金) 14時00分〜17時30分
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

近藤倫生(龍谷大学)

時間

14:00〜15:30

題目

生態系における種間相互作用の多様性と個体群動態の安定性

概要

生態系では多くの種類の生物が互いに様々な関係を結びつつも安定に共存しているように見える。だが、古典的な理論研究は複雑な生態系ほど個体群動態が不安定になりやすいことを予測している。では、非常に複雑に見える自然生態系において、どのような機構が個体群動態を安定化し、多種の共存を許しているのであろうか?本話題提供では数理モデルを利用して、敵対・相利・競争等の種間相互作用タイプの多様性が、正の「複雑性-安定性」関係を生み出す可能性を論じる。なお、本研究成果は舞木昭彦氏(島根大学)との共同研究により得られた。

 

講演2

守田智(静岡大学)

時間

16:00〜17:30

題目

移動拡散によるリスク分散モデルの解析

概要

環境変動のゆらぎは、生態システムや社会システムに非自明な影響を与えることがある。その中で risk-spreading (bet-hedging) は、よく知られた現象である。本研究では移動拡散によるrisk-spreadingを離散時間確率モデルを用いて解析する。同じような環境を持ついくつかの居住地を考え、そこに住む種の増殖と移動拡散をモデル化する。増殖率がランダムとすると居住地の個体数自体は対数正規分布に従う。一方、居住地間の個体数の関係は複雑なものとなる。とくに居住地の数が2つの場合と多数の場合について解析を行い。少数の場合は自己相似的な分布、多数の場合はべき分布になることを示した。また最適な移動率ではZipf則が現れることも分かった。長期的な増殖率の指標としての相加平均と相乗平均との関係についても述べたい。

                                            

 

◎第52回

日時: 平成25年 7月19日(金) 14時15分〜17時45分
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

赤木剛朗(神戸大学)

時間

14:15〜15:45

題目

Stability of asymptotic profiles for fast diffusion equations

概要

本講演では, Fast diffusion 方程式の Cauchy-Dirichlet 問題について考える.この問題では, 解が有限時間で消滅することが知られており, またその消滅レートや消滅解の漸近形も明らかになっている. ここでは特に, 消滅解の漸近形の安定性に注目する.

前半は, 漸近形の安定性・不安定性を定義し, さらに漸近形の安定性・不安定性の判定条件を与える. 判定条件の導出には, 全ての漸近形が解となる Emden-Fowler 方程式に対する変分解析, および, ある超曲面上の無限次元力学系の解析が重要な役割を担う.

後半は, 前半で与えた判定条件から外れてしまうケースについて議論する. 特に円環領域における正値球対称な漸近形の安定性解析を行う. また, 空間 2 次元の場合について,線形化問題のスペクトル解析を行い, 正値球対称な漸近形が不安定になることを示す.

最後に, ここで行った漸近形の安定性解析の議論を応用して, Emden-Fower 方程式の解の対称性・非対称性を調べる方法を提案する.

本講演は佐賀大学の 梶木屋 龍治 先生との共同研究に基づく.

 

講演2

坂上貴之(京都大学)

時間

16:15〜17:45

題目

二次元多重連結領域の渦力学とその応用

概要

二次元空間に複数の境界があるような多重連結領域における非粘性・非圧縮流体の運動,特に流れの渦構造の相互作用について研究する渦力学を考える.単連結領域や境界のない二次元平面,あるいは球面上の渦力学はこれまでに多く研究されてきた研究対象であるが多重連結領域におけるこうした流れの研究ははじまってまだ10年も経過しておらず,現在活発にその数学的・数値的研究が行われている.

その一方で,流れの領域が多重連結となっているとき,これまでにない応用が期待される.従来の航空機の翼の設計への応用は当然ながら,多数の昆虫の飛翔や魚類の遊泳などの生命流体,河川や港湾の橋脚や堰堤などの設計といった環境工学などはその潜在的な応用対象となる.

本講演では,多重連結領域の渦力学の理論とその応用について,最近の研究結果を織り交ぜながら概説したい.

 

◎第51回

日時: 平成25年 6月14日(金) 14時〜17時半
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

川上竜樹(大阪府立大学)

時間

14:00〜15:30

題目

時間発展する境界条件付き半線形楕円型方程式の時間大域挙動

概要

本講演では, 2次元以上の半空間において領域の内部では冪乗型の非線形項を持つ半線形楕円型方程式をみたし, 境界上で時間発展する問題の正値解について考察する.  方程式がLaplace方程式で境界に非線形項が含まれている場合についてはFourier変換を用いる事で, 境界条件を分数冪の拡散方程式に変形する事ができ,  大域解の存在・非存在を分けるいわゆる藤田指数を得る事ができる.  一方, 本問題は方程式に非線形項を含んでいるため上記の方法を直接適用する事は難しい.

本講演では,  問題を時間発展する非斉次の境界条件を持つLaplace方程式Dirichlet境界条件を満たす非斉次楕円型方程式に分ける事により,  本問題の藤田指数を得るとともに, 小さい解に対する時間大域挙動について得られた結果を紹介する.なお, 本講演はComenius大学のMarek Fila 氏と東北大学の石毛和弘氏との共同研究に基づく.

 

講演2

大塚浩史(金沢大学)

時間

16:00〜17:30

題目

2次元ゲルファント問題における爆発解析と点渦系のハミルトニア

概要

2次元乱流中に大規模構造が自己組織化される現象は,木星の大赤斑など自然界にしばしば現れる。この現象に対し,Onsagerはその著名な1949年の論文において,流体の渦度場を,有限ではあるが極めて多数の点渦からなるHamilton系により近似し,その系に関する平衡統計力学に基づいた説明を試みた。2次元のゲルファント問題は多くの由来を持つ半線形楕円型境界値問題であるが,Onsagerが考察したこの平衡点渦系の,点渦の数を無限大に近づけた極限での点渦の分布関数が満たす問題としても現れることが知られている。爆発解析とは,一般に解の発散列(爆発列)の極限の分類のことだが,2次元ゲルファント問題では,爆発列から定まる爆発点の位置が点渦系のハミルトニアンの臨界点として特徴付けられることがよく知られている。本講演では,爆発列を構成する解のモース指数も,点渦系のハミルトニアンに関連して評価されることを紹介したい。

本講演の内容は,F.Gladiali(Sassari大),M.Grossi氏(ローマ大),鈴木貴氏(大阪大)との共同研究に基づく。

 

 

◎第50回

日時: 平成25年 5月17日(金) 14時〜17時半
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

本多久夫(神戸大学大学院医学研究科)

時間

14:00〜15:30

題目

遺伝子から形への道筋がついた

概要

生物の形はおもに遺伝子がきめていると考えられている。しかしその道筋の具体的な過程は明らかになっていなかった。最近、脊椎動物の神経管ができる場合について、その道筋が具体的になった。そこでは数理的細胞モデルが重要な働きをした。
 遺伝子がはたらいて、上皮細胞でできたシートがチューブ(管)になるのだが、そこでは遺伝子の働きで細胞の特定方向(体軸に垂直方向)にだけ特定の物質が配行する。この物質の一つが収縮能をもたらすミオシンであり、配行は平面内細胞極性をつかさどる遺伝子によることが明らかになった。シートを形成する細胞の特定方向に収縮力が働き、細胞が動いて並び替わり、シートが平面からチューブになるのである。特定方向の収縮力で細胞が動いて、チューブができることの理解には数理的な細胞モデルが必須である。生物学の基本問題である遺伝子と形の関係を理解するのに、数理的なモデルが重要な働きをしたのだが、その中で3次元VertexDynamicsとよんでいる細胞モデルについて詳しく論じる。

 

講演2

石原秀至(東京大学大学院総合文化研究科)

時間

16:00〜17:30

題目

形態形成の力学的制御

概要

個体発生における組織の変形の背後では、どのような力学的過程が働いているのであろうか?生き物の「かたちづくり」を理解するためには、細胞接着因子や細胞骨格因子などの分子的要因が、どのようにして個々の細胞の機械的特性や変形を促す力場を生成し、組織全体の変形を制御するのかを理解する必要がある。しかしながら多細胞組織における力の測定手法は限られており、組織中の力場の動態の理解を阻んできた。我々は、細胞の形態から応力場のダイナミクスを理論的に推定する手法を開発した。この手法では、細胞集団を多角形の二次元タイルとして表し、力のバランス方程式をベイズ統計の枠組みで解くことで、個々の細胞の圧力と細胞接着面に働く張力を見積もる。これまでに、推定値がレーザー切断実験による張力の見積もりや、ミオシンの分布と整合性を示すなど、我々の推定手法の妥当性を示唆する結果を得ている。この推定手法を用いてショウジョウバエの上皮組織の一つである翅の応力場を解析した結果、翅は外部から異方的に引っ張られていることを見出した。さらにこの異方的な力の分布が細胞配置の六角格子化(hexagonal cell packing)を促す新奇メカニズムを見出している。今回我々が開発した推定手法は様々な系に適用可能であり、多細胞組織で働く力の動態を生体内で非侵襲的・経時的に追跡できる。また、個々の細胞における分子の活性や局在と、細胞・組織レベルでの力の変化を結びつけることで、多階層のダイナミクスを統合して理解できることが期待される。

 

 

◎第49回

日時: 平成25年 4月26日(金) 14時〜17時半
場所:キャンパスプラザ京都 6階第7講習室

講演1

高木拓明(奈良県立医科大学物理学教室)

時間

14:00〜15:30

題目

細胞の自発運動ゆらぎと走性応答における機能的意義

概要

細胞の運動は、多くの生理機能に関わる重要な性質である。細胞は外部刺激に対して適切に応答し、方向性運動を通じて生理的機能を実現できる(走性応答)。他方、外部刺激がなくともランダムな運動(自発的運動)を行う細胞の存在が知られており、細胞の自発的活性や確率的性質が産み出す細胞機能への影響について近年注目が集まっている。では細胞の自発的運動には、細胞の情報処理や生理機能実現において積極的な意義が存在するのだろうか。我々はこの仮説を検証する為、細胞性粘菌を用いて、自発的運動、走電性応答、及びそれらの関係性の探求を、1細胞計測データに基づく統計力学的解析と現象論モデリングを通じて、定量的に行って来た。その結果、細胞極性を取り入れた一般化ランジュバン方程式で細胞の自発的運動を記述出来ること、及び走電性応答は、自発的運動を基礎に電場強度依存の方向性バイアスを持たせることにより実現出来ることを明らかにした。さらに野生型細胞の自発的運動の直進性とゆらぎは、環境入力がゆらぐような状況においても、細胞が適切に応答出来るレベルに最適化されている可能性をシミュレーション及び実験から確認した。

本セミナーではこうした一連の研究を紹介したい。

 

講演2

西村信一郎(九州大学大学院 理学研究院)

時間

16:00〜17:30

題目

細胞遊走のシミュレーション

概要

細胞遊走は、発生、組織の維持、がんの転移などに関わる重要なプロセスである。近年、遊走に関与する様々な分子が同定されてきた。しかしながら細胞遊走の機構は思いのほか複雑でその本質的な仕組みは明らかにされていない。

私は CFCortical Factor)  Feedback Model によって遊走現象を明らかにしようと試みている。CF Feedback Model  はシンプルな仮定から出発している。収縮によってCFは濃縮れ、伸張によってCFは希釈される。 CFは細胞骨格を構成するアクチンの重合を阻害する、もしくは脱重合を促進するため、伸張部はCFが希釈されているためアクチンの重合が進みますます伸長し、収縮部はCFが濃縮されているためアクチンの脱重合が促進されますます収縮する。さらに細胞膜のテンションと細胞体積はほぼ一定に保たれることを仮定すると遊走細胞の、自発的なアメーバ運動のパターンをコンピューターシミュレーションによって得ることに成功した。このパターンは定量的に細胞性粘菌 D.discoideum  の重心運動の統計データとよく一致していた。パラーメータを変えると横長で直進する特徴的なパターンが出現するが、D. discoideum の amiB欠損変異体の形状によく似ていた。モデルは当初は2次元モデルであったが、接着を考察するために近年は3次元モデルを発展させている。3次元モデルでは、アメーバ型のパターンは接着を弱くし、amiB欠損変異体は接着を強くすることが必要条件であることが示された。